’18/11/25オクノ谷溯行からの湖畔夜歩き

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寒くもなく、暑くもない。風もなく、空には満月(多分、知らんけど)

俺は真っ暗な道を、いや、正確には、ヘッドランプで照らされてる場所だけが視えるアスファルト舗装の道を、歩いていた。
なんで、こんなとこを歩いてるのか、時折、そんな想いが過ぎることがなくもなかったが、おおむね落ち着いた気分で歩いていた。
隣を歩いているHarakenさんは車の鍵の行方について あぁでもない、こぉでもない、不思議や、とかなんとか、そんな言葉を口にしていた。
平日自宅の愛知県刈谷市への終電に乗れるように、逆算し、下山時間や、温泉に浸かる時間、全ての移動時間、それぞれのマージンを積算し、
谷中から引き返す時刻を設定した。そしてマージンを十分残したままゴムボート デポ地に戻り、朝の出航地点に戻った。
車を開け、着替えをし、荷物を積み込み、さぁ温泉へ、というところで、「鍵が無い」と。
マージンがどうとか、そんなことは吹っ飛んでしもた。
1時間さがしても鍵は出てこなかった。
駐車地は携帯圏外だったので、一番近い携帯圏内であろう場所へ向かって歩き始めた。
それが、17:30過ぎ、池原ダム堰堤方面へと向かう夜歩きの始まりやった。
鹿の警戒の鳴き声が響き渡る中、時々ジョグをしたりもしながら歩いていく。
携帯はなかなか圏内にならない。
折れそうになる心を支えてくれたのは、当時、会のメーリングリストで盛り上がっていた、わらじ哀歌の歌詞にまつわるエトセトラのメール本文の朗読やった。どれほど気を紛らせてくれたか分からない。その昔、歌詞を考えてくれた先輩のかたがたや、今回、震源となったらしいRKTNさん問題提起や討議されたかたがたには感謝感激雨あられである。
そして、Harakenさんの奥さんが、片道2時間半の運転を一人でしてスペアキーを持って現場まで来てくれることになった。
まぁ、よく出来た奥さんである。出木杉君、いや、出木杉さんでしょう。ほんとにスミマセンでした。
きなりの湯に着いたのは20:40頃。約3時間で約15km歩いたということになる。下山後の歩きは堪えた、が、きなりの湯で癒されもした。へとへと後の温泉ほど素晴らしいものはない、はず、多分、知らんけど。

その後、色々あったあと、なんとか翌日の出社には遅刻せずに済み、また、その次の週末、関西に戻る時にも受難があった。
受難があり過ぎるのか、なんなのかよく分からないが、事実は小説より奇なり、というところか。

とりあえず、大した病気や怪我もせず、寝不足気味が続いているが、まだ生きていることに感謝している。

オクノ谷?まぁ予定ルートは辿れなかったけれども、辿ったルートは悪くはなかった。でも、日帰りするなら、日の長い5~9月頃がええんちゃう。流量が多いと、ゴルジュ内の通行も困難になるかもしれないが、それはそれでいいのかもしれない。

※写真はHarakenさんのfacebookから拝借してます。私の安モンのデジカメやスマホでは夜道は写せなかったので。

※ある程度の回数、沢登りに行ってたら、真っ暗な道あるくこと、あるよねぇ?無いっすか?俺、結構ある。。。自慢やないけど。

投稿者: 名塩村民

元サイト管理人。人生初遡行2001年7月。以後、"登攀の蓄積"ゼロ。自分のチョットした思いつきを沢登りの行き先、ルート取り、などなどにPDCAで回していくのが好き。

「’18/11/25オクノ谷溯行からの湖畔夜歩き」への2件のフィードバック

  1. >真っ暗な道あるくこと、あるよねぇ?

    あります!
    先日の嘉平山谷も下山がヘッデンやった。
    沢の下降止めて、無難な林道歩き5時間で19時半下山。
    ホレストピア寄ったけど、癒されました。

    1. ご、ご、ご、五時間んーーー。予定してた五時間やとしても、それは…、さすがっすぅ~♫

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