告知・岳人11号

 
 
 昨日(10月15日)に発売された『岳人』11号ですが、「岳人掲示板」の欄に、当会員による「黒部・祖母谷(清水谷)」の簡単なレポートが掲載されています。
 
 また、報告遅れましたが、先月の『岳人』10月号には「ショート・リポート」に摺子谷本谷大滝の記録が載っています。通常は左岸を登られてた摺子谷本谷大滝ですが、右岸を登攀というに相応しい内容で登られた(ブッシュに逃げず極力水流際を攻めた)のは最初だと思われます。
 
 興味のある方は、是非、手に取って読んでみて下さい。
 
 

『岳人』三月号

 2月15日に山岳雑誌『岳人』三月号が発売されました。先月に引き続き、「登山クロニコル」欄に当会員の山行記録が掲載されています。場所は、大峰の上多古川・勝負塚ルンゼ。コーナーのトップに写真付き、3ページに渡って紹介して頂いています。
 
 
 上多古川は古くから多くの沢屋を迎えてきた関西のゲレンデですが、流域の開拓当時に隣の金山谷と間違って入谷された為に、勝負塚ルンゼは、今まで誰にも顧みられることがなかったようです。
 勝負塚ルンゼ本谷(左又)と、右又の全貌をそこで明らかにしているので、関西の沢屋は必見です!
 
 

岳人2月号

 
 1月15日に発売された山岳雑誌『岳人』2月号の「登山クロニコル」欄で、我会員のレポートが掲載されています。シブ&コージによる「台高宮川奥ノ坊主谷大涸滝」登攀の記録で、昨年11月に開催された50周年記念式典内で発表されたものを改めて雑誌掲載用にしたものです。
 
 「登山クロニコル」欄86ページから3ページを頂き、写真5枚を載せてもらっています。次号3月号でも、50周年記念式典で発表した「上多古川・勝負塚ルンゼ」を掲載させて頂けるので、良ければご覧になってください!

溯行6~10号

○溯行6号(1971)
 
目次
古典渓谷
台高山脈 中奥川 滝の谷、高橋谷、向流谷、戸倉谷右俣、ヒメマツ谷、タイモチヤ谷、
             口枌谷─奥枌谷、半左衛門谷
       本沢川 大須保谷
       北股川 アサマタ谷
       大和谷 ロクロ谷
       東の川 セビ谷、西の滝、東の滝、
       銚子川 清五郎滝
       備後川 池の宿谷一の谷、平谷、ナル谷、大谷・右俣下降、大谷・左俣、瀬戸小屋谷、
            真砂谷、池の宿谷下降、本流、長瀬谷、傾城谷
大峰山脈 上多古川 野の平谷、伊坪谷・一の谷、伊坪谷、上谷・核心部、矢納谷、本流─竹林院谷、
       白川又川 十郎谷
       芦の瀬川 本流
南紀山塊 大塔山 黒蔵谷─高山谷、黒蔵谷、高山谷、黒蔵谷について
奥高野・川原桶川 本流、赤谷
ある渓観の見聞
中アルプス・東ノ川 北沢
北アルプス 高瀬川 川九里谷・右俣(奥の左俣)
        黒部 棒小屋沢
南アルプス 聖沢 日影沢
越後・駒ヶ岳周辺 北ノ又川 滝ノハナ沢、芝沢・右俣、
頸城・不動川 本流
越美・荒島岳周辺 残雪期 𣘺架谷、残雪期 荒島岳・一の谷、𣘺架谷、荒島岳・一の谷
奥美濃・板取川 川浦谷
屋久島 鯛の川、宮の浦川
雑感
一九七〇年山行一覧
編集後記
 
昭和四十六年四月一日発行

 
○溯行7号(1972)
 
目次
巻頭言
遭難を考える
大峰・台高山脈 
 山葵谷・地獄谷、小普賢谷、一の谷(仮称)、二の谷(仮称)、四の谷(仮称)、覗谷左俣、覗谷右俣
 上多古川・大栃谷、勝負塚ルンゼ、茶屋(今宿谷)
 川迫川・小壺谷、白倉谷(板小屋谷)、同(水晶谷)、モジキ谷、バリゴヤ谷
 舟ノ川・大谷
 旭ノ川・瀬戸谷・一の谷(仮称)、同・二の谷(仮称)、同・三の谷(仮称)、同・本流
 天ガ瀬川・水太谷
 北股川・カマ谷、ビシャクラ谷
 大杉谷・千尋谷
 銚子川・黒滝
南紀山塊・奥高野山塊
 大塔川・大杉谷
      笹ノ瀬川・南谷
      本流
      十九良(九十九)谷─長谷
      中小屋谷
 前ノ川━古座川
 安川源流
 和田川・奥山谷
 黒蔵谷
 川原桶川・タイ谷
その他の山域
 南ア・野呂川シレイ沢(冬期)
 北ア・高瀬川中東沢左俣
 北ア・小滝川西俣沢
 頸城・不動川(三度目・四度目)
 頸城・鉾ヶ岳・滝ノ内沢(中退)
 白山・蛇谷・親谷
 奥越経ヶ岳・女神川
 奥越荒島岳・鬼谷本谷─荒島谷川
         地獄谷(左俣)
 四国・銅山川・肉淵谷
         大木谷右俣
         大木谷左俣
         保土野谷
 四国・那賀川・海川谷─大谷
雑篇
 北アルプスで(焚火のできぬ山)
 増水記録(東北朝日・金目川)
 一九七一年山行一覧
編集後記
 
昭和四十七年七月一日発行
 

 ○溯行8号(1973)
 
目次
巻頭言
近畿地方
 果無山脈東部 
  八木尾谷左俣
   〃    右俣
  雲母谷
  橋ノ谷
  馬目谷
  公門谷
 子ノ泊山周辺
  立間戸谷
  相野谷
  天瀬谷
  カンカケ谷─ハヤシ谷
 大台(東ノ川・往古川) 
  岩屋谷
  千尋滝
  八町滝
 大峰山脈および東高野山塊 
   ワサビ谷無名の支流
  大鷲谷
  クワズ谷─ホソ谷
  二沢谷
 湖北の谷
  合田谷
  八大寺谷右俣
遭難を考える
 九州・中国地方
  祖母、傾、大崩山塊
  川上本谷
  うるしわ谷
  うら谷─黒金山谷
  山手本谷
 屋久島の谷
  小楊枝川
  黒味川(七五谷)
 伯耆大山
  甲川(下ノ廊下)
新たなる沢歩きに向かつて
東日本
 頸城地方の渓谷
   不動川(下ノ廊下)
     〃 (上ノ廊下)
   メボソ沢─シバクラ沢
   ホドソ沢
   ヨシオ沢─アブキ谷(右俣)
   鉾ヶ岳西南稜
 加賀白山・越中鍬崎山・奥越荒島岳の谷
   親谷・姥ヶ滝
   瓢箪谷
   大畠谷(大笠谷) ─開津谷
   カラ杉谷
   大谷
   大迫間戸谷
   極楽谷
  中部山岳
   太田切川駒石沢─東川本谷
   東沢一ノ沢
   野口沢
  甲州笛吹川
   釜ノ沢
   金山沢
  越美国境残雪期縦走
  一九七三年山行一覧
編集後記
    
昭和四十八年七月一日発行
 

 
 
 

「会結成趣意書」(『溯行』1号から)

 さて、大阪わらじの会は、沢登り専門の山岳会として、昭和38年9月24日に結成されました。
 
 「ハイキング」でも、「岩登り」でもなく、「沢登り」を専門とする、ということには、どういう意味があったのか?単に、率直に、「沢が好き!」ということでいいのかもしれません。
 
 しかし、登高手段として“沢登り”を主眼に置くということに、いささか封建的な考えなのかもしれませんが、次のような動機づけが、会結成当初にはなされていたということを、わらじの会員たちは、心の片隅にでも留めていてもいいのではないのでしょうか?
 

 
  会結成趣意書
 
 登山を口にするとき人は大なり小なりアルプス的なものを意図し、その意識の程度において自ら颯爽たるハイカーや一般登山者と区別することに内心のプライドを満足させている。その最も著しいものは彼のマンメリズム信奉者達であり、自らをクラッグス・マンと呼ぶ人々であるが、われわれはマンメリー、バウアー、メルクル等の表面的な行為よりもむしろそのボヘミアン的な孤高さとワンダラーとしての性格を高く評価するものである。
 
 次にまたわれわれは同じ登高精神に基づく行為であっても登山のあり方はその行動しうる範囲の山の性格によって変化するものと考える。より高い山、最高の山が岳人の憧れの対象であろうともわれわれ「街の登山者の」現実の対象は日本の山それも二、三日以内に行動しうる山々でしかない。
 
 雪線を抜く標高と高燥な気候の下にあるヨーロッパ、アルプスでは登山は即ち岩登りであり、コーカサスやザアライ地方の山々にあっても渓谷や沢は単なるアプローチでしかないもの山の構造上当然のことである。しかし、日本の山は世界有数の多雨のために山体は深く浸食されて例外なく鋭い沢が頂稜近くまで食い入っている。このような山に対しては沢歩き最も本質的且つ自由な登高の方法となるのも当然の成り行きと云えよう。
 
 以上の意味においてわれわれは確信をもって日本本来の、固有の且つ最適の登行手段は谷歩きにあると断定し、ここに大阪わらじの会を結成するものである。
 
  昭和三十八年九月二十四日
 
                               発起人代表                  近藤亨
 

 
*マンメリズム=ママリズム

『溯行』から「会の歩み」(『溯行』3号から)

 今、私は、大阪わらじの会50周年記念に向けて、『溯行』を読み進む作業をしています。
 
 四、五十年前に書かれた文章ですが、『溯行』には、色々と考えさせられる先人たちの言葉が残されています。ここでは、目に留まった先人たちの言葉を色々と引用されてもらおうかと思ってます。
 
 まず、『溯行3号』(昭和43年発行)から、「会の歩み」という益田正章さんの巻頭文です。
 
 現在日本において、純粋な意味での“パイオニアワーク”が果たして可能かどうかは疑問です。しかし、別の方面から光を当てることによって、その渓谷を新たな姿で甦らせることができるのではないかと、先人たちの足跡を辿りながら考えています。
 


 
会の歩み                                                 益田正章
 
 当会が設立され五年を経た今日、「溯行」第三号発行に当たって今一度、会の歩みを振り返り将来への礎とするのも一つの方法であろうと思う。
 当、大阪わらじの会は昭和三十八年に創立し、数名の会員で第一歩を踏み出した。当時の目的は、台高山脈の秀ヶ岳を中心とする渓谷と奥美濃の渓谷を主に地域調査を兼ねて入谷することであった。が、奥美濃の方は担当者が高齢でありまた入谷するには数日をようするため参加者も少なくなり、二・三の者が細々とその命脈を続けていた状態であった。昭和四十年に十数名の同行者の入会があり、この時期を境として積極的に地域調査の形をとるに至った。それ医が毎年数名の入会者があり、現在二十数名に至っている。
 一方、地域調査の面からとりあげてみると、最初の三年は秀ヶ岳を中心として、四年目は宮川の支流、父ヶ谷、大和谷、吉野川の支流中奥川全域、五年目は宮川の全支流、吉野川の支流北股川全域、六年目の予定は櫛田川全域で一応台高山脈の渓谷を中心とした地域調査を完了する予定である。
 これで当会設立した当初の目的を全うすることになるが、もし、この目的が達成すると、どこの山岳会でも果しえなかった優れた業績として、日本山岳史上に一つのエポックを劃すことになるといっても過言ではないだろう。人々はあんなじじむさい山というだろうが、なるほど表面上は穂高や剱のような華やかさは決してないが、あの瀑布の数、あの布石の立派さ、あの流水の美しさはどこの地域にその比すべきものがあるだろうか。黒部といえども落差百米を越える滝がここほど無数にあるだろうか。山のよさは決してその高さにあるのではなくて、深さ、内容にあることを知らなければならない。
 それではわれわれは、今後どのような方針をもって入谷すべきであろうか。
 それは現在も続けているパイオニア・ワークと地域調査を車の両輪として続けてゆけばよいではなかろうか。厳密にいって、この狭い日本ではわれわれのパイオニア・ワークを完全に満足させてくれる渓谷は皆無に等しいが、当会としてのパイオニア・ワークと地域調査という意味からすると、まだ洋々たる未来が横たわっていて、決して日本の国土の狭きを嘆ずるに及ばないことである。むしろこういった方法は終わったのではなくて、まだまだこれからが、どんどん採用されていくべきものである。
われわれは、その一翼を担っていると自負して、今後こういった踏まれることの少ない地域の開拓に精通してゆこうではないか。
 


溯行1号~5号の目次

溯行1号(1966/2) 大台の谷
 
目次
・会結成趣意書
・秘境を紹介する罪悪
大杉谷
・堂倉谷・粟谷・西谷
東ノ川
・白崩谷・本谷・西の谷
小橡川
・クラガリ又谷・右又谷・左又谷
北山川
・株の谷
本沢川
・黒石谷・菅平谷・白倉俣谷・同 左又谷・黒倉又谷・人見谷
銚子川
・岩井谷・不動谷・光谷・二ノ俣谷
往古川
・狸谷右俣・同 左俣・真砂谷
大河内川
・瀬場谷
三戸川
編集後記
 
昭和41年2月1日発行
 
 


 
○溯行2号(1967/2)  台高山脈 父ヶ谷・大和谷 中奥川特集
 
目次
新しい年度を迎えて
父ヶ谷
・本谷・南谷・北谷・釜谷~嘉平衛山谷
大和谷
・川上谷・釜谷~ケヤキ谷・キャラ沢・ロクロ谷・焼山谷・地池谷・一の沢~二の沢
・滝の谷・垣外俣本谷・垣外俣右俣谷奥の右俣・同 奥の左俣
中奥川
・柴尾谷・赤倉谷・戸倉谷・鳥渡谷・金剛童子谷・ゴンザイ谷右俣・同 左俣・大谷
神之谷川
・大栃谷・ナカエ谷
その他
 御岳・兵衛谷
 四国剣山・コリトリ谷
 奥美濃・根洞谷~金丸谷
 大峰・イブキ谷
大和谷遭難報告
山行例会
編集後記
 
昭和42年4月1日発行
 

○溯行3号(1968/4)
 
目次
会の歩み
大杉谷
・美濃谷─長古須谷・鯎谷・嘉茂助谷・不動谷・与八谷・西谷・粟谷・堂倉本谷・地池谷・右俣奥の左俣
・大熊谷本流─支流悪谷─支流東俣谷・古ヶ丸谷下降
北股川
・奥玉谷・ムラダチ谷・南股谷・不動谷・丸山谷・クズレ谷・北股川本流
三ノ公川
・日裏谷─湯谷・滝ノ股谷・ヌタ谷─ミコシ谷
その他
・大峯白川又川(コブキ─中ノ又谷)・白川又川本流─同オングロコ谷─同中ノ又谷・ワル谷
・水晶谷(特別寄稿)・上多古川支流蛇谷
・黒部 猫又谷
・中ア 片桐松川
・伯耆大山 甲川
・氷ノ山 八木川源流
大峯舟ノ川地獄谷遭難者捜索報告
編集後記
 
昭和43年4月1日発行
 

○溯行4号(1969)
 
目次
岩登り是非
台高山脈・櫛田川
・中の谷・唐谷─布引谷・庵の谷・絵馬小屋谷左又谷・野江又谷・高滝谷・風折谷・奥の平谷・千石谷・ヌタハラ谷・木屋谷・アゲノ谷・木梶谷
大又川
・太鼓堂谷─横クラ谷・アベ谷─支谷・梅の木谷─不動谷・石ヶ平谷・三度小屋谷・荒神谷
火と水と
大峰山脈・白川又川
・岩屋谷─滝の谷・茗荷谷・火吹谷・中の又谷
前鬼川・孔雀又谷─内離谷
池郷川・本流・下部
・小又谷・冬小屋谷・皮張谷・大又谷ケヤキ谷─掛小屋谷・正法寺谷
立合川・本流
上多古谷と神童子谷の支流
・ソマラ谷・小所谷カツラギ谷
三峯山脈
・雲出川梯子谷・平倉川西俣谷・
その他
・中ア・冬期滑川四の沢
・南ア・野呂川シレイ沢
・同・アカヌケ沢
・奥飛騨・大芦倉谷
・白山・仙人谷
編集後記
 
昭和44年4月発行

 ○溯行5号(1970)
 
目次
何をする会か
台高山脈
 ・東ノ川 ツキ谷・古川谷・委細谷・荒谷・中ノ滝
 ・宮川  カラスキ谷
 ・本沢川 釜ノ公谷
 ・大杉谷 ミネコシ谷─石楠花谷
 ・銚子川 光谷・ニノ俣谷
 ・小栃川 又剣谷・又剣谷─風折谷・セイロ谷・サンショウの木谷
 ・台高山脈横断縦走
熊野山塊
 ・北山川 摺子谷・西谷
白屋岳周辺の谷
 ・大谷・槙尾谷・白谷・箕輪谷・尾山谷
大峰山脈
 ・四ノ川 下谷・本流
 ・滝川 中八人谷・宮ノ谷・カリヤス谷
 ・池郷川 本流上部
北アルプス
 ・乳川谷 本流・南沢・北沢・中沢・ヨセ沢
南アルプス
 ・早川 黒桂河内・釜無川 中ノ川
白山々系
 ・蛇谷・岩底谷
奥飛騨
 ・庄川 小芦倉谷・ナオ谷
雑篇
 比良・楊梅の滝とシシ岩
 渓谷の心酔と真髄
 谷の名称雑感
 滝場の技術
一九六九年山行一覧
編集後記
 
昭和四十五年四月一日発行