「会結成趣意書」(『溯行』1号から)

 さて、大阪わらじの会は、沢登り専門の山岳会として、昭和38年9月24日に結成されました。
 「ハイキング」でも、「岩登り」でもなく、「沢登り」を専門とする、ということには、どういう意味があったのか?単に、率直に、「沢が好き!」ということでいいのかもしれません。
 しかし、登高手段として“沢登り”を主眼に置くということに、いささか封建的な考えなのかもしれませんが、次のような動機づけが、会結成当初にはなされていたということを、わらじの会員たちは、心の片隅にでも留めていてもいいのではないのでしょうか?

  会結成趣意書
 登山を口にするとき人は大なり小なりアルプス的なものを意図し、その意識の程度において自ら颯爽たるハイカーや一般登山者と区別することに内心のプライドを満足させている。その最も著しいものは彼のマンメリズム信奉者達であり、自らをクラッグス・マンと呼ぶ人々であるが、われわれはマンメリー、バウアー、メルクル等の表面的な行為よりもむしろそのボヘミアン的な孤高さとワンダラーとしての性格を高く評価するものである。
 次にまたわれわれは同じ登高精神に基づく行為であっても登山のあり方はその行動しうる範囲の山の性格によって変化するものと考える。より高い山、最高の山が岳人の憧れの対象であろうともわれわれ「街の登山者の」現実の対象は日本の山それも二、三日以内に行動しうる山々でしかない。
 雪線を抜く標高と高燥な気候の下にあるヨーロッパ、アルプスでは登山は即ち岩登りであり、コーカサスやザアライ地方の山々にあっても渓谷や沢は単なるアプローチでしかないもの山の構造上当然のことである。しかし、日本の山は世界有数の多雨のために山体は深く浸食されて例外なく鋭い沢が頂稜近くまで食い入っている。このような山に対しては沢歩き最も本質的且つ自由な登高の方法となるのも当然の成り行きと云えよう。
 以上の意味においてわれわれは確信をもって日本本来の、固有の且つ最適の登行手段は谷歩きにあると断定し、ここに大阪わらじの会を結成するものである。
  昭和三十八年九月二十四日
                               発起人代表                  近藤亨

*マンメリズム=ママリズム
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